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アフリカはアジアと違う

アフリカはアジアと違う

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アジアの経験をアフリカに!

アジアにもアフリカにも欧米諸国の植民地支配を受けた国々が多く、第二次世界大戦後の混乱の中で独立を勝ち取ってゆきました。その後、1970年代くらいまでは低開発状況からなかなか抜け出せないままでした。1980年代に入ると、アジア諸国の中でも韓国、台湾、香港、シンガポールが「アジアの四つの虎」と呼ばれ、急激な経済成長を進めるようになります。その後、1990年代以降は東南アジア諸国から中国、インドへと成長の流れが波及し、今ではアジア諸国は欧米に匹敵するような大きな経済圏になっています。一方、アフリカ諸国は以前として低開発状態にあり、厳しい貧困に苦しんでいる人々も少なくありません。アジアとアフリカとの間には、過去の40年くらいの間に大きな差がついてしまいました。そこで、数年前からアジアの開発経験をアフリカに伝えて、アフリカ開発に役立てようという考え方が現れてきました。

アメリカのオバマ大統領が2009年に韓国を訪問した際にも、「(人やインフラへの投資など)韓国が達成できたのにアフリカ諸国に達成できないはずはない」と語りアフリカ諸国を激励しました。2000年代に入って、アジアの経験に学べとばかりに、多くのアフリカ人がアジア諸国に研修や視察に訪れました。日本もアジア経済圏の盟主であり、我が国の援助の中にも、アジアの経験のアフリカ適用を意図するプロジェクトが登場してきます。

アジアとアフリカは何が違うのか

私もこれまでアジアとアフリカで様々な援助事業に関与してきましたし、アジアの経験のアフリカに伝えようとするプロジェクトにも入ったことがあります。こうした、アジアとアフリカでの経験を通じて感じたことは、やはりアジアとアフリカとは「違う」ということです。同じ開発途上国だからといって、アジアの開発経験を安易にアフリカに適用することはできないです。アジアとアフリカではそもそも何が違うのか、両者の相違をもたらした要因について考えてみました。

人口密度の違い

まず第一に、明確な違いは人口密度です。日本の人口密度は一平方キロメートルあたり約340人ですが、他のアジア諸国も韓国が約500人、インドが約370人、ベトナムが約270人とだいたい同じレベルです。広大な国土を持つ中国でさえ約140人です。一方、アフリカ諸国は人口密度が低く、大陸全体で一平方キロメートルあたり30人にすぎません。日本やインドの10分の1以下です。人口密度が低いということは、開発にどういった影響があるのでしょうか。明らかなことは、教育や保健サービスを提供するのが難しいということです。たとえばどこかに小学校を作ったとします。子どもは普通は歩いて通学するので、児童が学校に通える範囲はせいぜい学校から半径5キロメートルくらいでしょう。人口稠密なアジア諸国だと通学圏内にだいたい数百人程度の児童が住んでいるでしょう。これだけの児童数があれば、適度な人数の教員を雇ってちゃんとした小学校をつくれるでしょう。一方、アフリカだと圏内に数十人の児童しかいない計算になります。数十人しかいなければ、たったこれだけの子供のために十分な数の教員を雇ったり、施設を建設することは難しいです。もちろん、日本の過疎地の小学校のように、行政側の負担で学校を作ることは可能でしょう。でも、全土でそういう状況であれば、毎年大きな財政負担になります。これは病院のケースでも全く同じです。少数の周辺住民のために、病院を建設したり、医師や看護師を確保しておくことは困難です。アフリカのように人口密度が低いと、どうしても初等教育や保健医療のサービスの提供が難しくなります。

教育水準の違い

第二は、高等教育を受けた人材の数の相違です。人口密度が低くて初等教育が普及しなければ、当然、中等・高等教育を受けられる数も限られます。アフリカ諸国では、何年たっても高い教育を受けた人材が少ないことになります。一方、アジア諸国では高等教育を受けた人材が豊富です。たとえば、タイやベトナム等には日本企業の投資が多く入り、首都圏のみならず地方都市でも大きな工場を建てて、様々な製品を製造しています。こうした企業は当然ながら地域の人々を労働者として雇用します。タイやベトナムでは、ある程度の教育、日本の基準だと中卒、高卒程度の教育を受けた人々を確保するのは難しくありません。地方都市であっても、日系企業が工場の入り口に人材募集の看板を出すと、数百人くらいはすぐに応募してくるそうです。ところがアフリカ諸国だと、人口密度が低いうえに、教育を受けた人々が少ないため、良質な労働力を確保するのが容易ではありません。工場を作ってもまわりから労働者を集めるのが一苦労です。10年ほど前に、タイとケニアの製造業企業の雇用状況を比較する調査を実施したことがあります。タイ地方都市の工場とナイロビ近郊にある同規模の工場を比べ、労働者の通勤時間や賃金を比較しました。タイの場合はだいたい近隣から10分から15分ほどかけて工場に来ます。一方、ケニアだと1時間以上通勤にかける労働者が多かったです。近隣から労働者を集めにくいということは、賃金の上昇にもつながります。タイとケニアを比べると同じような職種でも2倍近い賃金格差がありました。今、アフリカでは安価な中国製品が町にあふれていますが、地元の製品は中国製品に価格面でとても勝てないのだと思います。

外の文化の受容力の違い

第三は、ちょっと抽象的な話ですが、外から入ってくる文化や制度を受け入れて自分のものとする力の違いです。例えば、日本の場合、明治維新後に欧米から様々な文化や制度が入ってきました。政治・行政制度、軍事制度、郵便制度などなど。例えば、Cabinet、Ministerといった概念は当時の日本人にとって耳新しいものだったでしょうが、それぞれ内閣、大臣と訳して自らの制度に取り込んでしまいました。大臣という言葉は平安時代の右大臣、左大臣からとられたものでしょう。平安時代には中国の科挙の制度が導入され、これが明治時代初期の官僚制度(高等文官制度)のモデルになりました。明治維新後に欧米から新しい文化や制度が続々と入ってきましたが、日本にはこれを受け入れて自分のものにできる土壌が既にできていました。その土壌は、おそらく2000年近くにわたって中国文明を学んできたことで培われたものでしょう。近隣のアジア諸国にも同じような状況が伺えます。ベトナムは長く中国に服属していましたし、タイは南下してきた中国人が作った国です。マレーシアは中印貿易の拠点であるメッカを擁し商業が盛んでした。アジアでは中国やインドの大文明が2000年以上前から発達していたため、近隣諸国は当然その影響を強く受けてきたものと考えられます。だから、欧米から文化、制度が入ってくるにあたり、それを受容して咀嚼できるだけの力がある程度備わっていました。

一方、アフリカ、特にサハラ以南アフリカは、大文明の影響を受けずに、17世紀になっていきなり欧州の影響下にさらされました。もちろん北アフリカにはエジプト文明はありましたが、サハラ砂漠が障害となって、その文明が南に降りてくることはありませんでした。いくつか「王国」はありましたが、文字が無いため、法律や制度を構築して広範囲を統治するでには至りませんでした。そのため、ヨーロッパの侵入とともに、王国は文化ともども崩壊してしまいました。アフリカでは、欧米の文化や制度を受容して咀嚼するだけの土壌が培われていなかったと思われます。そのため、欧米の概念をそのままストレートに導入するしかなかったのでしょう。英語圏アフリカではCabinetもMinisterも言葉そのままつかっています。宗主国の英国の習慣をそのまままねているようです。英国の習慣にならって議会の議長が金髪のカツラをかぶっている国があり苦笑してしまいました。現在、外国の文化や制度を取り入れるに当たっても、特に欧米のものは、手を加えずに「そのまま」導入することが良いとされているような印象があります。自国に適するように形を変えて導入するといった発想は弱いように見えます。例えば、今私はエチオピアで地方政府の計画策定支援を目的としたプロジェクトを実施していますが、「そのまま」文化はここにも垣間見れます。エチオピア政府は、アメリカで開発された企業マネジメント手法を、そのまま教科書通りに採用しようと試みています。対象も環境も異なるのに、教科書の一語一句をそのまま、現地公務員用のマニュアルに書き入れているのであきれてしまいました。

相違を認識する必要性

このように、アジアとアフリカは地理も社会も歴史も異なっています。当たり前のことなのですが、この差異を十分に考慮せず、安易にアジアの経験をアフリカに適用しようするのは誤りだと思います。特に我々日本人はとかくアジアの経験をベースに考えがちです。アフリカはアジアと異なった大陸であるとよく認識することが大切だと思います。

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