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低所得国と新公共経営

低所得国と新公共経営

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新公共経営(New Public Management)とは耳なじまない言葉ですが、国家が民間企業の経営理念や手法を取り入れて、行政実務の効率化、活性化を実現しようする考え方です。1980年代以降にイギリス、ニュージーランドなどを中心に形成されてきた行政運営理論です。日本では、2010年の民主党鳩山政権時代に「新しい公共」円卓会議が設置され、日本社会への適用が検討されたことがありました。企業経営の考え方を導入することで、行政部門の効率化・活性化を図ること、さらには「小さな政府」、「官から民へ」といった方向性を進めることが目指されています。こうした新公共経営の考え方がアフリカなど低諸国国に導入されつつあります。私自身も2011年末から2年半ほど、エチオピアの州政府行政官を相手に、新公共経営の導入に係る技術協力事業を担当してきました。その経験を踏まえて、低所得国に新公共経営を導入する是非について、まとめてみました。以下は、先月にブログに載せた原稿を修正したものです。

業績・成果主義の導入

新公共経営のアプローチの一つとして業績・成果主義(Result Based Management)というものがあります。民間企業であれば、業績に応じて当該社員や部門を評価するのは当たり前です。収益に大きく貢献した部門は高く評価され、当該部門の社員や管理職は昇進や昇給を期待するでしょう。また事業部ごとの独立採算性をとって、管理職に大きな裁量権を与えると同時に、成果への責任を取らせるといったことも珍しくないです。

この業績・成果主義を行政部門に取り入れることが、新公共経営の一つの課題になっています。行政官の仕事がどの程度の業績・成果を達成したかを評価し、その達成度合いに応じて行政官を評価します。また、各部門の責任者に対して、予算の配分を含めた大きな裁量権を与え、業績の最大限の達成を狙います。従来、行政官には与えられた業務を滞りなく執行することが求められました。例えば、どこどこに小学校なり保育園を設置するとか、〇〇に対して助成金を支給するとか・・。こうした業務を実施したことで、地域社会にどういったインパクトがあったについては、行政評価の対象とはなりますが、その結果で行政官の業績が問われることはありませんでした。しかし、新公共経営の考え方では、行政官自身が地域社会へのインパクトの度合いまで責任をもつことになります。

 例えば、日本の都市部の自治体では保育園の待機児童数の多さが問題になっていますが、従来、行政官には保育園などの設置を予定通り滞りなく進めることだけが求められました。ところが新公共経営の考え方では、保育園の数ではなく、待機児童数の減少度合いで、行政官の業績が計られます。行政官はただ保育園を作ればよいわけではありません。待機児童数を減らすためには、的確な場所に、利用者にとって利便性の高い保育園を設置しなくてはなりません。仮に保育園の新設が最適な方策ではないと判断されたならば、他の方策を試さなければなりません。そのために予算の使い方には広い自由度が与えられています。つまり、行政官にとって、より経営者的な発想や行動が求められることになります。

地域住民にとっては、保育園の数そのものではなく、待機児童を減少させることが求められているわけですから、こうした新公共経営の考え方は歓迎すべきものです。全ての行政官がこうした発想に基づいて業務を遂行してくれればありがたいです。しかし行政官自身にとってはこれは容易なことではありません。民間企業の業績は「利益」で容易に計れますが、行政にはこのような便利な指標がありません。各部門ごとに業績を計る客観的な指標をまず考えなければなりません。それに、そもそも行政の中で働いてきた公務員に対して、いきなり企業経営者の発想を求め、責任を取らせるのも無理があります。これまで日本の地方自治体のなかで新公共経営的な考え方を行政に取り入れようとしたところはいくつかありました。しかし、その多くが数年の試行錯誤の後に実施をあきらめてしまったようです。新公共経営はアイデアとしては素晴らしいのですが、現実に導入するとなると課題が山積していて容易ではないです。

アフリカでの業績・成果主義

こうした難易度が高い新公共経営ですが、実はアフリカの最貧国では現在最もホットなイシュウになっています。エチオピアでも、業績・成果主義(Result Based Management)は、某国連機関が3年ほど前から適用を支援しています。中央政府(連邦政府)が手法の導入を決定し、現在は各州が州内に普及すべく努力しています。ただ容易なアプローチではないので、各自治体とも四苦八苦といった感じです。州の下には県があり、県の職員が各郡(市町村)の職員に業績・成果主義のアプローチを教えることになっているのですが、県の担当者に聞いても実はよくわかっておらず、教科書に書いてある内容を教科書どおりに伝えているだけです。県職員の講義を聞いた郡の担当者はさらに訳がわからず、なんとか形だけ取り繕っているようです。なんのためにこんなことを進めているのか、傍から見ていても訳がわかりませんでした。

私が従事している技術協力プロジェクトでは、エチオピアの政府の幹部を日本の研修に送る予算があります。そこで、この機会を利用して、プロジェクトのカウンタパートの州政府職員を、新公共経営的な手法を導入している日本の自治体に案内し、先駆的事例を見学してもらおうと試みました。2011年、2012年と二回にわけて実施したのですが、訪問先の日本の自治体のアポを取るのに本当に苦労しました。日本のいくつかの地方自治体は、新公共経営的な手法を先駆的に導入していると学術書などで紹介されているのですが、こうした自治体に視察団受入を打診すると、「(新公共経営的アプローチは)もうやめました」と回答するところばかりだったからです。

 日本と比べれば、現地の地方自治体職員の学歴は決して高くはなく、大卒職員は数えるほどしかいません。またパソコンやインターネットなどICTインフラなども決して整備されているわけではありません。まだまだ紙とペンと電卓の世界です。世界的にも先駆的な手法を導入する環境にあるようには思えません。日本の地方自治体でさえ難しい新公共経営的手法を、なぜアフリカの貧困国の地方自治体が導入しようとしているのでしょうか。公務員を相手に何度も何度も研修をしたり、マニュアルを作ったり、無駄な努力ではないのでしょうか。

 新公共経営的手法をアフリカが導入する理由

好意的に解釈すれば、最貧国であればこそ、限られた予算を効率的に使う必要があるからでしょう。地方自治体の予算のほとんどが公務員の人件費や光熱費など固定的な支出に充てられてしまいます。地域住民のために使える予算はわずかでしかありません。そのわずかな資金を最大の効果を生むために、効率的に使わなければなりません。新公共経営の手法を導入する必要性は、豊かな国と比べれば大きいでしょう。

かしながら、州の担当者にこの疑問をぶつけると、別のところに本音はありそうでした。その一つは「上が決めたことだから」というものでした。ここ数年、エチオピアでは地方分権化が提唱されていますが、人々の意識は依然として中央集権的なままです。中央(連邦)政府が決めたことに州政府が逆らうことはありません。また、州政府の指示を県や郡の自治体はただ受け入れるのみです。国連機関の助言にしたがって中央政府が業績・成果主義を決定してしまったので、地方はこれを粛々と進めるしかないのです。では、そもそもなぜ中央政府がこのような無茶な決定を下したかというと、中央政府の職員は得てして現場がわかっておらず、わかろうともしないという状況があります。中央政府の職員は、地方都市の末端の行政機関などおそらく訪問したこともないでしょう。職員の多くは国内のエリート大学で学び、欧米の大学で学位を取得したものすら珍しくないです。だから、アイデアとして業績・成果主義の行政運営理論が優れていることは良くわかっているはずです。国連機関からの技術支援もあるし、これを導入することに躊躇は全くなかったのでしょう。

州担当者の二つ目の本音は「ドナーの意向に逆らいたくないから」というものでした。国連機関は業績・成果主義の導入プロジェクトだけを実施してるわけではありません。他に様々な技術協力事業を展開しています。資金面の支援もあります。もしも、現地政府側が業績・成果主義の導入を見送ったとすれば、行政の効率化に消極的な政府というレッテルを張られてしまいます。もしかしたら、行政の透明性、説明責任、分権化といった政治的課題に対しても、後ろ向きという印象を与えてしまうかもしれません。これにより、国連機関だけでなく、他のドナーの支援事業の実施にさえ悪影響が出ないとも言い切れません。財政の援助依存度が高い最貧国こそ、ドナーの意向に逆らうことは難しいのです。その証拠に、援助依存度が低いアジアや中南米の中所得国において、行政が新公共経営の手法を取り入れるといった話は聞いたことがありません。

援助機関側はどう見ているか

それではいったい援助機関側はどう考えているのでしょうか。エチオピアでの業績・成果主義の導入プロジェクトを担当している某国連機関の職員に聞いてみました。この国連機関は、ある地方自治体の職員を対象に業績・成果主義の研修を行っており、この研修にオブザーバー参加させてもらいました。研修が終わってから、この職員に対して「地方の自治体職員の学歴や職場環境を考えれば、業績・成果主義の導入は意欲的すぎるのではないか。もっと基礎的な実務能力の強化の方が必要ではないか」と率直に訊ねてみました。その職員は地方自治体職員の職場の実態もある程度わかっている人でしたので、こちらの問題意識にも理解を示してくれました。しかし、この職員によると「基礎的な実務能力の強化が目的では、プロジェクトとしてとても上司に認めてもらえない」のだそうです。何か画期的で新しい手法を導入して、行政の現場がこのようにと変わったと具体的に見せることができないと、この国連機関のプロジェクトとしては、成り立たないのだそうです。しかも当該国での国連職員の任期はだいたい3年程度なので、この間に具体的な成果を出す必要があるのだそうです。だから、まず基礎的な能力を強化から進めてゆく、といった悠長なやり方はとてもできないとのことです。

まるでドナー側のご都合主義で途上国側を右往左往させているようなものです。これは、援助機関として全くけしからんことです。しかし、実は私にはこの職員を一方的に非難することはできません。なぜなら、私が従事している技術協力プロジェクトも一部で似たようなことをしているからです。地方自治体の職員を対象として、地図データを加工する手法や、中期投資計画をつくる手法を研修しています。両方とも目の前にパソコンがあって、エクセルで複雑な演算ができたり、ネットとつながっていることを前提としている手法でした。しかし地方自治体のオフィスでは、ネットとの接続どころか、半日停電することさえ珍しくないです。こうしたところでは、実際にこれらの手法を導入して実務を進めることとても無理です。これは研修を準備しながらわかっていました。しかし、上記の国連職員と全く同じ理由で、こうした手法の導入を進めざるを得ないのです。「良心の呵責」はもちろんあるのですが、そんなものに苛まれていたら、とりあえず前に進めません。せめて、われわれがやれることは、「本当に基礎的な実務能力の強化」も併せて行うことです。研修をしていると、地方自治体職員はエクセルの使い方させも、実はよく知らないことがわかります。だから、エクセルシート上で掛け算や割り算をどう行うか、割り算をパーセント表記にするにはどうすればよいかといった、ゴクゴク基礎的な研修も併せて実施しています。地方職員には無理目な手法の導入をグイグイ進めることの、せめてもの罪滅ぼしのつもりです。

何が正しくて何が間違っているのか?

アフリカで技術協力プロジェクトに従事していると、現場の実態と、プロジェクトとして求められるものとの乖離が大きすぎて、頭がクラクラすることがあります。何が正しくて何が間違っているのかよくわからなくなります。何年もアフリカ諸国で仕事をしている同僚にこうした悩みをぶつけると、やはり同僚も同じようなことに悩んでいるようです。アフリカで技術協力をするのは、とても容易なことではないと感じます。

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