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鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰

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ODAの評価

日本政府の政府開発援助は原則として全てが評価されることになっています。評価調査チームが形成され、数日から3週間くらいかけてじっくりと評価されることになります。評価調査は我々のような開発コンサルタント企業に発注されることが多いため、各社にとって貴重な収入源です。私の所属する会社でも評価調査をメインに行うコンサルタントが10人くらいはいるはずです。私もたまに評価調査、あるいはそれに類する調査に入ることがあります。しかし、本心を言えば、あまり評価調査はしたくないです。社内でも「私は評価の仕事はやりません」と公言しています。何を考えて、こんなことを言っているのか、ODAの評価調査とはいったいどういうものなのか、自分の考えをまとめてみました。ただ、あくまで私個人の経験に基づく私見ですので、きっと偏っていると思います。その点は気を付けてください。

評価調査のタイプ

ODAの評価調査は私の知る限り大きく分けて二つあります。ODA政策の評価とODA事業の評価です。前者は主に中央省庁が行うもので、ある途上国に対する日本の援助政策全体が適切であったかどうか評価する調査です。過去の10年間くらいに行った援助を対象に、当該国に対する援助政策がその国の政策と整合性があったかなどを確認します。私は二回ほど参加したことがありますが、だいたい2~3名のコンサルタントのチームが調査を行います。外部有識者として大学の教員等が2名ほど参加することもありました。「外部」といっても実質的に当該省庁が選んでくる有識者なので、かならずしも中立的立場で見るとは限りません。だいたい現地に2~3週間くらい滞在して、現地政府の職員や日本の援助関係者、他ドナーなどから見解を聴取するといった感じの調査になります。

一方、後者は具体的なODA事業を対象に行う評価調査です。発注するのは政府開発援助の実施機関です。円借款、技術協力など様々なスキームのODA事業が対象となります。こちらは調査の規模は大小様々で、かつ評価調査を実施するタイミングも様々です。事業実施中に「中間」評価するものもあれば、終了後に「事後」評価する調査もあります。調査を行うコンサルタントはだいたい1人だと思いますが、これに実施機関の職員が数名入ってチームが出来上がります。私はこうした評価調査には参加したことがありませんが、事業を実施する側として評価を受けたことは度々あります。これもだいたい現地に2~3週間くらい滞在して関係者にインタビューをしてまわるといった感じの調査です。

評価の二つの目的

私がこの業界に入った20年前には、あまりODA評価といった調査は行われていなかったように記憶しています。開発援助の実施機関も、事業実施する方が精いっぱいで、評価するまでの余裕がなかったのかもしれません。評価調査が盛んにおこなわれるようになったのは2000年代にはいってからくらいだと思います。評価調査が頻繁に行われるようになった背景とその目的は二つあると思います。

第一は、ODA事業の質の向上への関心の高まりです。ひと時の慈善事業であれば、相手が喜ぶ顔を見て終わりで済んでしまうのかもしれません。しかし政府開発援助となると、それなりに多額の資金を投じて実施されます。当初に計画されたように事業が進まなかったり、当初に想定された効果が出なかったら問題です。トラブルの原因を究明して、これを次の事業に活かさなければなりません。そのためにキチンと評価調査を実施して、事業の教訓をまとめ上げなければなりません。

第二は、国民への説明責任です。ODA予算は一般会計だけで年間に7千億円くらいあります。関東だったら栃木県くらいのサイズの県の年間予算に匹敵します。国民の税金を使ってこうした事業を行っているのだから、それがどのように使われて、どういった効果を出しているのか、ちゃんと説明しなければなりません。さもないと、何のために巨額の税金を投じているのか意義が問われてしまいます。今後に省庁や援助実施機関が予算を確保してゆくためにも、納税者に意義が理解されていることが大切になります。だから、国民への広報を意識した評価となります。

教訓の抽出

これら二つの目的は双方とも重要です。両者がバランスよく追求されていれば理想的と思います。しかし、実際は二つ目の目的の方が重視されているという印象が強いです。それが評価調査のあり方に影響を与えます。第一の目的を達成するためには、援助政策ないしODA事業を厳しい視点でチェックしなければなりません。そもそも、言葉も文化、風習、気候、政治体制、国民の教育水準など全てが異なっている国々で、何らかの事業を実施するのは容易なことではありません。日本国内で公共事業を行ったって、トラブルはつきものでしょう。途上国でODA事業を実施する段階で様々な制約や問題に直面しても不思議はないです。たとえば、ODA事業で道路建設をおこなっていたら、現地業者の選定が遅れた、土地買収が進まなかった、地域住民の反対運動がおこった、政府内の汚職が発覚した、などの様々のトラブルに遭遇します。ここで大切なのは、こうしたトラブルの原因を見極め、教訓を整理し、次回に似たような事業を形成する際に活かすことです。それが評価調査の役割です。だから、既存の事業のトラブルを赤裸々にとらえ、冷静に原因を究明し、教訓を抽出することが必要です。

国民への広報

ところが、第二の目的を念頭におくと、ODA事業のトラブルを赤裸々に描き出すようなことは躊躇されます。あれをやってもトラブル、これをやってもトラブル・・では、いったい国民の税金を使って何をしているのかとお叱りをうけてしまいます。「そもそも、文化の違う途上国で事業を進めるのだから、若干のトラブルはやむをえない・・」なんて好意的に受け止めてくれる人はなかなかいません。下手したら会計検査院などから責任を追及されてしまいます。翌年の援助予算の削減にまでつながってしまうかもしれません。中央省庁の行政官や実施機関の職員にとっては、最も避けられなければならない事態です。こうした事態を未然に避けるためには、ODA事業のトラブルはなるべくなかったことにするのが一番たやすいです。決して嘘をつくわけではないけれど、ODA事業の良い側面は大きく大きく映し出し、トラブルはあえて書かないか、書いてもなるべく小さな扱いにしてしまいます。皆さん、ためしにODAの評価報告書や実施機関の年報などを手に取ってみてください。黒い顔をした男の子のニコニコ笑っている写真ばかり目立っていて、ODA事業のトラブルなどはめったに書かれていないでしょう。

行政の無謬性

我々開発コンサルタントにとっては、むしろ評価の前者の目的の方が興味深いのです。そもそも慣れない途上国で事業を実施するのですから、トラブルが生じて当たり前なのです。どういったトラブルが発生しているのか情報収集し、教訓を導きだすのは、とても面白い作業となります。しかし、評価調査を発注している中央省庁や、開発援助実施機関からしたら、こうした作業は全く歓迎されません。「行政の無謬性」、すなわち行政は過ちを犯さないという言葉がありますが、ODA事業でも行政官が誤りを犯すことはありえないのです。だからトラブルなどそもそも無いのです。あったとしても現地国政府側の責任に帰されるものなのです。

我々が評価報告書用の原稿を書いていても、トラブルに関するような記述は、クライアント(中央省庁、開発援助実施機関)からすぐに書き換えを求められます。嘘はかけませんが、ネガティブな記述はなるべく小さめに抑えて、ポジティブな側面を過大に扱って報告します。一次草稿を書いて、提出してコメントをもらい、修正して二次草稿を書いて・・・といった往復を3~4回行います。その過程で、事業のトラブルを指摘したような記述はほとんど痕跡がなくなってしまいます。仮に、ここで突っ張って原稿の修正を拒んだとしたら、調査は終わらず、お金はもらえず、現地調査も自腹ということになってしまいます。もう次回から評価調査は受注できなくなってしまうことでしょう。良心に蓋をしないと、とってもやってられないなぁと感じたことも一度や二度ではありませんでした。

白雪姫の鏡

開発援助実施機関が、特定の途上国での過去20~30年間くらいの援助をレビューする調査を発注することがあります。現地国の経済開発や人材育成などに、日本がどれだけ貢献してきたかを描き出す調査です。日本国民への広報を十分に意識しています。こうした調査だと、トラブルの抽出などは最初から期待されていません。日本の援助がどんなに素晴らしかったか、現地でどんなに感謝されているか、ドンドン書きなさいといった感じです。白雪姫のお話の中で、いじわるな王妃がでてきます。彼女が秘蔵する魔法の鏡は、「世界で一番美しいのはだれか」との問いにいつも「それは王妃様です」と答えなければなりませんでした。万が一、逆らうと面倒なことになります。こうした評価調査をしていると、白雪姫に出てくる鏡の気持ちが良くわかるような気がします。「とっても優れて、現地ですごく感謝されている開発援助、それは日本の援助です・・」といつも書かなければなりません。

開発援助実施機関での経験

かつて、私は日本の某開発援助実施機関(今はありません)に出向していたことがあります。この出向先は同機関の研究所だったのですが、評価チームも研究所の中にありました。ここの多くの職員は私のような出向者でした。私は評価チーム所属ではなかったのですが、同僚が何をしているかは横でよく観察することができました。一人ひとりの職員がODA事業を幾つか担当し、現地に2週間ほど滞在して、調査をします。見てきたままを原稿にして、それを当該機関の事業部の担当者などに回覧して、コメントを求めます。原稿の中に何かトラブルを匂わせるような記述があると、事業部から修正を求められます。「二週間くらい見てきただけでお前らに何がわかる!」と怒鳴られます。評価チームの上司は当該機関の正規職員なので、事業部の同僚や上司からの要求にさからうわけもありません。評価チームの職員たちは、最初の原稿をどんどん修正させられ、穏便な内容になるまで手直しさせられていました。いったい何のために現地まで行って調査したのか、と不満がたまっていました。

私の出向中に、この機関が実施した事業について、日本の週刊誌がスキャンダルめいた報道をしたことがありました。日本のODA事業に関する現地政府の汚職に関する内容だったと記憶しています。読者からしたら、日本のODA事業は全て成功しているはずなのに、こうしたトラブルは何なのか、今まで隠ぺいされていたのか?などと思ってしまうことでしょう。

この報道を受けて、私は出向先の研究所の所長に、評価調査の有り方について直訴したことがあります。「途上国で実施するODA事業が、日本国内で実施する事業に比べて難しいのは当たり前です。全てうまくゆくはずがありません。トラブルが発生するのが当たりまえで、こうしたトラブルにどう対処して、納めてくるかが、ODAの醍醐味ではないですか。こうした事情を赤裸々に国民に見せるほうが、よりODAのファンを広めることに繋がるのではないですか。全てうまくいっていると見せかけていると、週刊誌にスクープ記事などを載せられたら、今回のような騒ぎになります。国民は騙されたと思うでしょう。この方が、よほど国民のODA離れを促すことになりませんか。」私の直訴を、当時の所長は黙って聞いていました。一理あるとは思ってくれたようですが、何かアクションに繋がることはありませんでした。

どうすれば良いか

他の先進諸国はどうしているのでしょうか。同じような問題を抱えているのではないでしょうか。私は評価の専門ではないので、これは良くわかりません。ただ国際機関である世界銀行の評価業務がどうなっているかは聞いたことがあります。世界銀行にはOEDという名前の評価局があります。ここは事業部とは独立している部局で、評価局に配属された職員は事業部に戻ることはないのだそうです。評価局の職員がいずれ事業部に戻ると思うと、利害関係が発生し、中立的で厳正な評価ができないと考えているのでしょう。また、国際機関であるアジア開発銀行でも評価局は総裁の直属機関であり、事業部とは組織的に分かれているようです。日本の開発援助実施機関では、評価部が他の部と同列に位置づけられていますが、ここが問題なのかもしれません。

援助政策評価については、私は中央省庁が実施するのは適当でないと考えています。アメリカでは議会が行政をチェックする構造になっており、援助政策も議会が評価します。だから、アメリカの援助は外交政策の影響を受けやすいと批判されることもあります。しかし、行政をチェックするのは議会の本来の役割ではないでしょうか。

日本の場合も議会が評価調査を主導すべきだと思います。参議院には政府開発援助を調査する委員会や事務局がありますが、こうした組織が積極的に援助政策の評価をすべきです。中央省庁が自ら評価をしているかぎり、翌年の予算のことなどを気にして、公明正大な評価が出来ないでしょう。

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