国際開発ナビ

International Development Navigator

これから開発途上国で活躍したいと考えている皆さんに向けたサイトです。
開発の仕事のおもしろさ

開発の仕事のおもしろさ

このエントリーをはてなブックマークに追加

秋元康さんと鈴木おさむさんの対談本「天職」が新刊書として紹介されていました。二人には興味があったので、さっそく取り寄せて読みました。すると「10年間も20年間も同じ仕事を続けていられたら、それが天職ではないだろうか」と書いてありました。その仕事を面白いと思えるかどうかも大切とありました。私も開発コンサルタントの仕事を20年間以上もやっています。高校時代からこういった分野で仕事をしたいと思っていたので、たぶん今の仕事は天職といっていいのかと思っています。今まで続けてこられたのも、おそらくこの仕事のどこかを面白いと思ったからだと思います。今まで振り返って、いったい何が面白かったのか、あらためて考えてみました。

面白い体験ができる

珍獣ハンターイモトってご存知ですか。彼女のでる番組を見ていると、いや~大変だなぁと思います。先日の放送で、どっかアフリカの国でホテルに入って、まずベッドのダニを心配していたのをみて、とても共感してしまいました。私もエチオピアでは雨期に登場するベッドのダニに本当に困っています。では、自分がイモトのような体験をいろいろしているかというと、さすがに同じようなことはないです。ジャングルにいって野性動物を探しにゆくといった仕事ではないです。

おそらく、一番奇妙な経験といえば、10年ほど前にヨルダンでタイホされたことがあります。手錠はかけられませんでしたが、半日くらい警察署に拘束され、いろいろ事情聴取のようなことをされました。罪状は、アメリカの施設を写真撮影したということでした。単にアメリカンスクールの写真を撮っただけだったのですが、9.11の後のピリピリした時期だったので、公安警察に御用!となってしまいました。テロとは無関係ということで、無罪放免になったのですが、いろいろな人に尋問をうけて面倒でした。その時に面白かったのは、警察官がやたら低姿勢だったことです。「我々は日本人の気持ちを害するつもりは全くない。ただアメリカに言われてあなたを拘束してるだけなのだ。本当に申し訳ない」と繰り返し説明されました。釈放前に、カメラからフィルムを抜いて提出するように求められました。その時はたまたま使い捨てカメラを持っていたので、フィルムは抜けないからカメラごと渡すと言いました。すると、ヨルダン警察はとっても驚き「なぜカメラを使い捨てする必要があるのか」、「日本ではそんなものを売っているのか」ときかれました。使い捨てカメラはアンマン市内のスーパーで買ったと回答すると、さらに驚き、「我が国でもそんなものがあるのか」といった感じでした。釈放されてから、大使館の知り合いに一応報告しました。上には黙っててくれるはずだったのですが、なぜか大使の耳にまではいってしまい、後ほど笑い話のネタとしてスピーチで使われてしまい、ちょっとバツが悪かったです。

珍しい料理を食べられる

ラオスにいたときは虫料理をたまに食べていました。バッタの素揚げはおつまみの定番で人気があります。食感としては甘海老の素揚げといった感じですが、どちらかと言えば甘海老の方がおいしいです。ラオス人の集まりに呼ばれると、ビールと一緒にまず出てくることが多かったです。私は子供のころイナゴの佃煮を食べたことがあるので、バッタを食べることにはそれほど抵抗が無かったです。ただ、スープの中にバッタが入っていると、これは具として入っているのか、それとも調理中に間違って入ってしまったのか、わからなかったです。どうだったのでしょう。

それから、ベトナムにはホビロンというちょっと変わった料理があります。孵化直前のアヒルの卵をゆでたものです。タイやフィリピンでも食べるらしいです。孵化直前なので、小さな鳥の頭とか目がほぼできています。それをがぶっと食べるのは、勇気がいることと思います。残念ながら私はまだ食べたことがないですが、味はカニみそといった感じだと聞いたことがあります。そのかわり、ベトナムでは蛇を食べたことがあります。味は淡泊でまずくはなかったですが、意外と小骨が多くて面倒でした。

ケニアではワニとかシマウマ、インパラといった野生動物を食べました。こうした料理は外国人用の贅沢なレストランで調理されており、一般家庭の食卓にのぼるものではないようです。味は特に印象に残るようなものではありませんでした。

美しい風景を見られる

同僚がパソコンのデスクトップにキリマンジャロ山の山頂を上からとった写真を載せていました。自分で撮ったそうでした。どうやって撮ったのと聞いたら、飛行機でタンザニアにいったときに、パイロットが気をきかせて、山頂を二回くらいぐるぐる回ってくれたのだそうです。その際に撮影したとのことでした。この仕事をしていると、世界各地で、ユネスコ世界遺産になっているような場所を訪問する機会はあります。私もナイロビの自然公園とか、ヨルダンのペトラ遺跡とか、カンボジアのアンコールワットとかいろいろ訪れたことがあります。そういう機会が得られる点では、かなり恵まれた職業だと思います。

ただ、正直いって私は自然や野生動物、遺跡などにそれほど関心がないです。アンコールワットも一時間くらいで見終わってしまいました。昔、ケニアから帰国して、会社の同僚に「キリンなんてナイロビで見たって上野で見たって同じ」と言って、ずいぶん顰蹙をかったことがありました。でも同じようにしか見えません。

ただ、海は好きです。ヨルダンにいたとき、紅海のダイビングスポットに潜ったことがありますが、海中は本当にきれいでした。ダイビングライセンスは無いので、シュノーケルをしただけですが、海水の透明度が高いので、ずいぶん下までみえました。竜宮城とはこのことかと思いました。

いろいろな人にあえる

この仕事をすることで、私にとって一番の面白いことは、世界各地でいろいろな人に会えるということです。旅行者とは違って、仕事でゆくので、ある程度長く滞在します。カウンタパートの現地政府職員だけでなく、通訳やドライバーを雇ったり、コンサルタント会社に調査をお願いしたり、現地の人々との接点は広いです。そうした人々と、いろいろな話をするのが私にとってはとても楽しいです。

この仕事を初めて、一番最初に調査に出かけたのはベトナムでした。20年以上前のことで、ベルリンの壁がくずれてベトナムも日本との関係を改善しようかと模索している時期でした。おそらく、日本の政府開発援助関係者として初めてベトナムに乗り込んだのですが、当然ベトナム政府から監視がつきました。国家計画委員会の職員が3~4名ほどフルアテンドしてくれました。全員が旧ソ連・東欧への留学経験のあるエリートでした。ちょうどソ連政府が崩壊して国がゴタゴタしている時でした。移動中の車内で私から「ゴルバチョフが失脚したの知ってる?」とか「ベトナムの社会主義どうするの?」なんていじわるな質問を投げかけてみました。面白かったのは皆が意外と気さくな人たちで、「社会主義なんて将来はない」とか「ベトナムはもともと社会主義国家になりたかったわけじゃない」とか、エリートにあるまじき発言がボンボンでてきました。彼等は、ソ連、東欧への留学中に現地経済が破綻している状況を目の当たりにしていたため、ベトナムはそうあってほしくないという気持ちが強かったのだと思います。

その後、ベトナム、ラオスといった社会主義国はASEANに加盟し、日本など西側諸国に大きく門戸を開きます。2000年代に入ってからですが、私はラオスで長期のプロジェクトに参加することになります。財務省にいたのですが、そこの職員と仲良くなりました。仕事が終わって、彼からちょっと付き合ってくれと頼まれました。なぜか要件は言いません。しょうがないから、彼のバイクの後ろにまたがって市内にゆきました。街道沿いのレストランに入ると、スーツを着た女性が一人待っています。同僚はどうも初対面のようで、彼女との会話が非常にぎこちないです。男性二人と女性一人という変な会食です。食事中に話を聞くと、彼女はラオスの若手女性企業家で、外国人相手に手広くビジネス展開しているそうです。一時間くらい食事をして、彼女がトイレに行きました。その間、同僚に事情説明を強く求めました。すると驚いたことに、同僚は彼女とラオスの出会い系サイトで知り合い、その日が初デートだったそうです。おそらく彼は、自分は外国人(つまり私)と一緒に出かけるくらい国際人なんだよと彼女にアピールしたかったようです。しかし残念ながら、会話のぎこちなさは最後まで続き、バイバイになりました。後程同僚に確認すると、両者の間に進展はなかったようです。今思い出してもぎこちない会食でした。

また、これはごく最近の話ですが、エチオピアで雇用した通訳さんとの会話も面白かったです。地方都市にゆく車内でエチオピアの観光名所の話をしてくれました。その一つとしてアジスアベバ市内の国立博物館を紹介してくれました。この博物館には人類最古の骨が展示してあります。女性の骨らしくルーシーという名前までついています。人類の発祥はアフリカと言われていますが、最古の骨がエチオピアで発掘されたことを自慢していました。私はこの通訳さんが敬虔なキリスト教徒であることを知っているので、「あれ~?最初の人類ってアダムとイブじゃあなかったの?イブってアダムの肋骨かなんかでしょう?イブってルーシーなの?」といじわるな質問をしました。彼はしどろもどろになって「え?いや、あの・・・」みたいになってしまいました。退屈な数時間のドライブが、彼との会話のおかげで大爆笑でした。

 

今思い起こしても、美しい風景とか立派な建造物とかの記憶はどんどん薄れてしまいます。しかし、興味深い人、面白い人と出会った記憶は鮮明に残っていたりします。やはり私にとっては、この仕事をして、いろいろな人に会えたということが、一番面白かったのではないかと思います。それが、この仕事を長く続けている理由かもしれません。

«

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>