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開発関連のお仕事

開発関連のお仕事

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開発関連でどういった仕事があるのか、私個人の経験をベースにまとめてみました。あくまで個人として接した人々からの情報なので、リアリティはあるかもしれませんが、おそらく偏っていることと思います。実際に仕事を検討される際には、ウェブサイトや専門求職誌(「国際協力就職ガイド」)などをよくよく参考にされてください。

NGO

我々がよく耳にする大手の開発系NGOはそのほとんどが欧米諸国に本拠地があるところです。Save the Children、Plan International、Oxfam、World Vision、国境なき医師団などは、よく電車の車内に広告をだして募金活動をしています。しかし残念ながら日本にはこれほど大きなNGOは存在していません。日本に大手NGOが生まれない理由は、よくわかりません。税制の違い、宗教観の違いなど社会、経済的要因があるのでしょう。

昨年の東日本大震災の際に、私は都内にある老舗のNGOをお手伝いしたことがあります。そこの事務局長と懇意になり、日本のNGOの状況についていろいろ教えてもらいました。NGOのオフィスに入っての第一印象は、若くて活気があるということでした。たえず電話がかかってきて、騒々しい感じです。20代のスタッフが多く、忙しそうでイキイキと仕事をこなしていました。若くても大きな仕事を任されているらしく、「次の〇〇国への出張の手配できた!!」、「今やってます!!」といった声がオフィスを飛び交っていました。

ちょっと気になったのは30~40代ぐらいの中堅職員があまり見当たらないということでした。職場には若い人たちだけではなく、50~60代くらいの女性が多くいましたが、後で聞くと、有志のボランティアの皆さんだそうです。彼女たちと、若手スタッフを除けば、中堅職員らしき人は事務局長と総務課長の二人くらいでした。事務局長に事情を聴くと、慢性的な資金不足から、職員に十分な給与を払えないのだそうです。家族を養うだけの給与を払えないため、若手スタッフはいずれ去ってゆかざるを得ないようです。

NGOは基本的には個人や法人からの寄付で事業しています。寄付している側からみれば、なるべく自分の寄付金が途上国での事業費として使われてほしいはずです。本部で働く管理職の給与に多額の寄付金が充足されていては納得しないでしょう。寄付をやめてしまうかもしれません。だから、本部の経費はなるべく抑えているようです。若手が経験を積む場としては素晴らしいかもしれません。しかし、職場として考えると、将来に不安を感じるような気もします。他にも日本にはいろいろなNGOがありますが、宗教団体をバックにするようなところを除けば、資金面での状況は似たようなものかもしれません。

青年海外協力隊

青年海外協力隊とは政府開発援助として国際協力機構が実施しているボランティアプログラムです。年齢は35歳までですが、36歳以上になるとシニアボランティアという名称のプログラムになります。

私は協力隊出身ではありませんが、説明会には一度いったことがあります。大学四年の時で、大学院に進むか、留学するか、協力隊に行ってみるか考えていた時でした。2時間ほどの一般的な説明を受けて、専門分野に分かれて個別の説明を受けることになりました。「農業・農村開発のかたはこちら・・」、「保健医療の方はこちら・・」、「教育の方はこちら・・」などと割り振られているうちに、自分の行き場所が無いことに気づきました。特に資格もなく、自動車が修理できるわけでも、空手の指導ができるわけでもありません。普通の文系学生だったので、行き場所が見当たりませんでした。青年海外協力隊とは何らかの技術や技能を持っている人が、それを伝えるために派遣されるスキームだと、当たり前のことに気づきました。係員の方に、「行き場所が見当たりません」と伝えたところ、「そういった方は農業・農村開発の部屋へどうぞ。農業未経験の方は訓練所で学べますから・」みたいな説明を受けました。なんだか怪しい感じがして、その場は会場を後にしてしまいました。それから、概要説明のところで協力隊員訓練所での日課を紹介するビデオを見たのですが、毎朝日の丸を掲げて朝礼するような風景がありました。「え、軍隊?」と思い、当時はそれに違和感を覚えたのも正直な気持ちでした。

その後、青年海外協力事業とは直接に関係する機会はありません。ただ、私の今の会社の同僚にも協力隊出身者が2割くらいはいます。国際協力機構の職員の方にも協力隊出身者が少なくないです。途上国で活躍する仕事に就くうえで、青年海外協力隊が一つのエントリーポイントになっていることは確かです。

私も学生さんから協力隊に行きたいがどうだろうかと相談を受けることがあります。しかし、その時はいつも「やめた方が良い」と回答することにしています。少なくとも、大学を卒業して就職せずに、すぐに協力隊員になることは避けた方が良いと思っています。それには次のような理由があります。

第一は、協力隊が終わってからの就職のむずかしさです。協力隊は全国のJICAセンターで募集され、毎年1,000人くらいが合格して途上国に派遣されるようです。無事、2年間に派遣期間を終わり、帰国してどういった仕事に就くのでしょう。開発援助の世界に飛び込みたい気持ちはわかりますが、募集人員はとても少ないです。なかには、そのまま国際協力機構に就職したり、場合によっては海外留学させてもらえる協力隊員もいるようですが、全体の比率でみたらごく少数でしょう。協力隊員として2年間途上国で〇〇をしてきましたという経験は、本人にとっては貴重なものでしょう。しかし、残念ながら、開発コンサルタントの業界でも、まして国際機関にとっても、特に評価するほどのものとは見られていないのです。むしろ、日本企業の社員として第一線で〇〇業務を担ってきましたなどと言われる方が、「お!使えるかも?」と思ってしまいます。私の会社の協力隊出身者も、そのほとんどが30歳ごろまで高校で教員をしていたり、メーカーに勤めていたり、コンサルティング企業で働いていた経歴を持っています。こうした職歴がなく、協力隊の経験だけをアピールするでは、この業界で仕事を得るのは難しいのです。

第二は、政府開発援助によるボランティアという位置づけの中途半端さです。本来ボランティアとは有志によるお手伝いです。東北で大震災があった時に、費用は自己負担してガレキ撤去作業などに向かうのが、一般のボランティアのイメージでしょう。大きな責任を担うことはありませんが、そのかわり、どんな仕事をどこまでするかも本人の自由です。膨大なガレキが残っているのに、一日だけ作業して帰ってしまっても、だれも非難などはしません。受入側もそういうものと思っているでしょう。

それでは青年開発協力隊とはボランティアなのでしょうか。派遣費用も事前の訓練費用も全て政府が負担しています。わずかですが給料もでます。本来はJunior Expertとでも名付けた方が良いと思います。しかし、プログラムとしてはJapan Overseas Cooperation Volunteers (JOCV)です。ボランティアと名付けられている限り、受け入れ国の団体もそういう目で見てしまうでしょう。派遣されるほうも、どうせボランティアだからという緩い意識が芽生えてくるかもしれません。実際、途上国に派遣されても、「イメージしていた仕事と違う」、「生活環境になじめない」といった理由で、早期に帰国してしまう隊員が出てきているのだそうです。どうせボランティアだから構わないと思っているのかもしれません。

年間に1,000人も派遣される協力隊だから、いろいろなケースがあると思います。頑張って立派な仕事をしている人もきっと多いでしょう。しかし、ボランティアプログラムと名付けられているかぎり、緊張感のなさ、仕事の緩さというものは、どうしてもまわりに付きまとうような気がします。そこで2年間を過ごすのはどうなのでしょう。どうせなら、NGOの職員として現地に派遣され、プログラム実施に責任を担うほうが、やりがいはあるのではないかとおもってしまいます。

開発コンサルタント

開発コンサルタントとは日本の開発援助実施機関や外務省などの中央省庁、あるいは国際機関等から、何らかの業務を請け負って収益を得ている職業です。個人で頑張っているひとも少なくないですが、多くは開発コンサルティング企業に所属しています。そのほとんどが十人から数十人程度の職員を抱える中堅企業です。私もこうした企業で働いています。私の会社の場合、コンサルタントの半分は文系、半分は理系出身です。文系は経済学部、商学部、法学部など社会科学系の出身が多いです。私自身は文系なので、理系のことはよくわからないのですが、建築とか、土木といった分野を学んできた人が多いようです。

仕事の中身は大きく分けて「調査」と「技術プロジェクト」の二つがあります。「調査」とは顧客のために何かを調べて報告書を納める仕事です。○○分野でどういった協力をすればよいか?といったテーマの調査から、具体的な事業の形成準備や、事後の評価を目的とする調査もあります。理系分野では交通計画策定、都市計画づくりといったテーマでの調査があります。調査の場合、短いものなら1~2週間程度、長いものでも1年半くらいをかけて実施します。

一方、「技術プロジェクト」とは、途上国の公務員を相手に何らかの能力強化をお手伝いする仕事です。小学校の授業内容改善とか、農業統計の整備とか、地域計画作りとか、テーマは雑多です。調査よりも現地で作業する期間は長く、2年くらいから、長いものだと5年くらい続けて従事します。現地に行きっぱなしではなく、年に合計で5か月~8か月くらいを、何度かに分けて出張するようなケースが多いです。

開発コンサルタントであるメリットは使えるお金が大きいということです。調査だと数百万から数千万円、技術プロジェクトだと億を超えるような資金を使って事業を行います。収入もそれなりに高く、都内の中堅企業の会社員相当くらいはもらっていると思います。デメリットは出張の多さでしょうか。どこかの途上国に数年間くらい赴任してしまうなら家族を連れてゆくこともできますが、年に数か月間の滞在ではそうもゆきません。出張を繰り返すうちに、だんだん家族と過ごす時間がなくなり、話題もなくなり、しまいに離婚してしまうケースも耳にします。こうした生活に終止符を打つため、開発コンサルタントを数年やって、大学教員に転職するケースも以前はよくありました。

政府開発援助実施機関

日本では国際協力機構が代表的な援助実施機関です。学生さんが開発援助の仕事を意識する際に、まず就職先の選択肢として出てくるところではないでしょうか。近年は超人気の就職先らしく、倍率がものすごく高いようです。ただ、横から見ていると、なかなか苦労が多い職場だと思います。

私はかつて国際協力機構の前身の団体(政策金融機関の方)に出向していたことがあります。出向部署での上司が元人事課長だったので、どういった学生が入職してくるのか聞いたことがあります。その上司によると、入職してくるのは四パターンあるそうです。第一は途上国の開発に熱意を持っている人、第二は何か変わった仕事をやってみたいと思っている人、第三は政府系金融機関ならどこでも良いと思って入ってきた人、そして第四は公務員試験に落ちて入ってきた人です。どのタイプが出世するかというと、意外にも第四のタイプだそうです。援助実施機関といっても政府予算で業務を行っている公的団体です。だから、霞が関の中央省庁との関係はとても重要です。官僚相手に書類を作ったり、協議をしたり、たまには国会に説明にでかけたりする作業が求められます。公務員試験組はこうした官僚相手の仕事に抵抗がないのだそうです。面倒だけれど重要な仕事を熱心にこなすので、組織の中でも重宝されるようです。反対に一番出世しないタイプは第一のタイプとのことでした。開発の理想に燃えて入職してきても、日々の仕事は官僚相手だったり、契約の管理だったり地味な仕事ばかりです。だんだん嫌気がさしてくるのだそうです。

実際、実施機関の職員に接すると、皆さん20代のころはイキイキしています。いかにも優秀そうな感じです。しかし、30代を半ばすぎるころになると、しだいに表情が硬くなってくる印象があります。霞が関方面との仕事などで、いろいろストレスがたまるのではないでしょうか。

それから開発途上国の人々との距離感も気になります。日本の開発援助事業の関係者の中でも、青年海外協力隊員や開発コンサルタントであれば、現地社会の中にどっぷり入ったり、現地政府の人々と机を並べて仕事する場面が多いです。しかし、国際協力機構の職員だと、たとえ途上国事務所に三年間くらい駐在していたとしても、現地社会の中に深く入り込むという機会は限られているのではないでしょうか。基本的には日本人相手の業務が多くように見えます。事務所の外に出ることがあっても、案件についての政府幹部との協議とか、プロジェクトの公式行事への参加といった、フォーマルなものに限られているように見えます。日常的に接する現地人は、事務所のローカルスタッフ(ナショナルスタッフ)くらいではないのでしょうか。こうした関係を、「(現地社会との)ほどよい距離感」と表現した職員がいましたが、私には「ほどよい」というより、中途半端で醍醐味がないように思えます。

国際機関職員

国連機関や世界銀行、アジア開発銀行などで働く日本人職員は次第に増えてきているようです。実は私自身も何回か挑戦したことがあります。あいにく縁が無くて入職することはできませんでしたが、30歳くらいの時にはとても魅力的な職場に思えました。その後、仕事で何人かの国際機関職員と親しくなり、いろいろ話を聞かせてもらいました。現在の職場にもこうした機関のOBが転職してきたこともあります。国際機関の職員の仕事は派手に見えますけれど、それなりに大変さはあるようです。

国際機関の大変さはやはり競争が厳しいということでしょう。英語が母国語でない日本人が、英語で教育を受けている英米人や南アジア出身者と対等に仕事をしてゆくのは並々ならぬ努力が必要だと思います。国際機関で働いていると、内容が乏しいレポートでも、英文の量でごまかすといったケースもあるようです。その場合、英語力の多寡だけが勝負でしょう。また、国際機関では依然として日本人は少数派なので、上のポストに引き上げてくれる上司が少ないという話も聞きました。インド人の上司ならばインド人の部下を、パキスタン人の上司ならばパキスタン人の部下を積極的に登用するようなケースがあるのだそうです。アフリカには日本人女性の国連職員が比較的多いですが、その多くが生活環境が厳しい国や、内戦状態にあるような国に赴任しています。そのうちの一人に「なぜ?」と問うたところ、ポストをめぐる競争が低いからという回答が返ってきました。生活環境が良い国のポストはすぐに埋まってしまうそうです。英語力で若干ハンディがあり、同国籍の上司に恵まれているわけでもない日本人職員は、厳しい国にゆくしかないのだそうです。そんな職員の一人が、「あ~いつかアジアにゆきたーい!」とアフリカの真ん中でぼやいていました。

国際機関に勤めるもう一つのむずかしさは家族の問題です。外国人と結婚して、国外に生活の拠点を構えてしまうならば別でしょうが、配偶者が日本人だと子供の教育のことが気になります。日本人学校はどこの国にもあるわけではなく、あったとしても中学まででしょう。子供をどこで教育させるか迷うことになります。また、日本の実家にいる両親の世話も気になります。自分が40代になるころは、親は高齢化しています。介護が必要な時期もいずれくるでしょう。日本にいる妹に親の世話を任せたままで良いのだろうか、やっぱり自分が日本に戻るべきなのだろうか、と自問してしまいます。そんな人に実際に何人か会いました。

民間企業

途上国での開発にとって民間企業の役割はますます注目されてきています。BOP (Base of Pyramid)と呼ばれる低所得階層向けに、商品を開発して、現地でビジネスを広げることは、貧困削減に大きなインパクトがあると考えられています。最近ではケニアでインスタントラーメンを製造販売している日本の大手メーカーが新聞で紹介されました。それ以外にも、貧困層向けの蚊帳や、簡易浄水器の開発が話題になったことがあります。製造業だけでなく、日本の学習塾産業が東南アジアで幅広く展開していることも有名です。民間企業に就職してこうしたBOP向けのビジネスを担当することは、とてもやりがいのあるものだと思います。苦労はものすごく大きいでしょうし、失敗事例も山ほどあるでしょう。しかし、成功したときの達成感や充実感はとても大きいはずです。

私自身はこうしたBOPビジネスに直接に関係したことが無いので、現場の実態はよくわかりません。企業の中で、こういった部門には希望して就けるのでしょうか。新卒でメーカーなりに就職して、BOPをやりたいと言い続けていれば、いずれは願いがかなうのでしょうか。それとも、会社の経営方針や戦略などに左右されてしまうのでしょうか。魅力は感じますが、どこまでやれるのか私には未知数です。

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