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エチオピアを発つ前に考えたこと

エチオピアを発つ前に考えたこと

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私が従事しているプロジェクトも無事に終了し、今夜のフライトで帰国することになります。昨日は、銀行に行き、プロジェクトで開設していた口座の残金を日本に送金し、口座を閉鎖する手続きをしました。手続きで待たされるし、銀行の担当者によって求める書類が異なったりして、いろいろ大変でした。2時間くらい待たされたので、一緒に来ているエチオピア人のプロジェクトスタッフと雑談をしていました。

彼とは2年間くらい一緒に働いています。名前はM君としておきます。留学経験はないのですがとても知的で洗練された感じです(見かけは小太りですが)。我々のプロジェクトに入る前は、欧米系の国際NGOで働いていました。銀行の待合室のベンチに座ってM君とこんな会話をしました。

<私>エチオピアに二年半くらいいて思うのだが、エチオピア人はヨーロッパに近づくことを目指しているのではないか。他のアフリカ諸国で働いていた同僚の話を聞いても思うのだが、おそらく他のアフリカ人もそう願っているのではないか。ヨーロッパ(or欧米)で利用されているシステムを、そのまま取り入れれば、ヨーロッパになれると思っているのではないか。我々のプロジェクトについてみてみても、欧米で普及しつつある公共経営手法を、まったく疑うことなく、いわば盲目的に、エチオピア国内の行政府に取り入れているように見える。あたかも、この手法を取り入れると、ヨーロッパのような洗練したシステムに変貌を遂げることができると信じているようだ。

<M君>たしかにアフリカ人がヨーロッパを目指しているというのは、そのとおりだろう。我々にとってヨーロッパは手本として身近な存在である。どうしてもヨーロッパを目指すという発想になってしまう。それにヨーロッパ諸国も、自国のシステムをアフリカに普及させることに利益を見出しているのではないか。だから、システムの普及のためにいろいろな支援をしているのだろう。

<私>これまで私はアジア諸国で働くことが多く、アフリカのプロジェクトに長く従事したことはあまりない。アジアではベトナム、ラオスといった東南アジア諸国で働いていたが、アジア人はヨーロッパに近づこうという意識は無い。ベトナムやラオスは旧フランス植民地だが、フランスに近づくために努力しているといった話は誰からも聞いたことがない。ヨーロッパはアジアから遠すぎるし、ヨーロッパ社会とアジア社会は異なっている。そもそも、ヨーロッパに近づこうという考えが出てこない。仮に、ベトナム政府に対して、欧米の公共経営手法をそのまま導入しようなどと提案したら、まず拒絶されるに違いない。

アジアとヨーロッパが異なっているのと同様に、アフリカとヨーロッパは文化も社会も異なっている。それなのに、ヨーロッパのシステムをアフリカに取り入れて、アフリカがヨーロッパを目指そうというのが、そもそも間違っているのではないか。

前からエチオピアの皆さんに言っているのだけれど、そもそも教育現場で英語を使っているのが間違いではないか。英語はイギリスの言語であるし、英語で教育をしている限り、イギリス(あるいは欧米全般)を手本にするという意識が植えついてしまうだろう。エチオピアは旧イギリス植民地でもないのに、「英語を流暢に話す人=洗練された人」というイメージがあるようにみえる。なんかおかしくないか?

<M君>エチオピアでは小学校高学年くらいから英語教育になる。教室では生徒は英語を話さなければならない。母国語で会話をすると、教師から懲罰を受けるような感じだった。もちろん母国語で全て教育をすればよいのだけれど、エチオピアの場合は(そして多くのアフリカ諸国も)母国語を統一するのが難しい。エチオピアでは、政治力の強い支配民族が、自らの言語であるアムハラ語を統一言語として指定して、全国民にその使用を義務付けてきた過去がある。知ってのとおり、10年ほど前から各民族が自分の言語を公用語として使うことを許されてきている。我々のプロジェクトの対象だったオロミア州はオロミア語が公用語である。だが、教育現場で高等教育までオロミア語を採用すると、いずれアムハラ人と問題を起こすだろう。だからといって英語に代わってアムハラ語を使うとなると、オロミア人はおもしろくない。英語を使い続けることが、誰にとっても都合が良いのだ。複数民族国家だと、共通の母国語を持つのは難しい。

<私>たしかに、日本はほぼ単一民族、単一言語国家だから、母国語で教育をするのはたやすかった。しかし、世界には複数民族を抱えていながら、共通の母国語を持ち、それで教育をしている国は数多い。民族多様性は共通語を持てない理由にはならない。イタリアだって、ドイツだって、つい100年ほど前までは、小国が乱立ていいたことは知っているだろう。アジアにはインドネシアといって多くの民族と言語がある国がある。独立後の大統領の強いリーダーシップにより、「インドネシア語」が全国の共通語として指定され、現在に至っている。共通の母国語を作り、全国に普及させ、これで教育を行うのは、政治的意思の問題だと思う。

<M君>あなたの言うことはその通りであるが、エチオピアでは、共通語を作るとは反対の方向に進んでいる。これは難しい問題だ。

<私>これまで、私からいろいろ勝手な「助言」を聞かされて大変だったろう。

<M君>日常のつまらない話よりも、こうした話の方が面白い。

 M君

その後、クリスチャンであるM君から、キリスト教(エチオピア正教)批判が、続くのですが、「人間は無力であると考えるのがおかしい!とか」私にもよくわからない話になってきたので、割愛します。上はM君の写真です。

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