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ODA技術協力の目的 (1/2)

ODA技術協力の目的 (1/2)

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先日、私が働いている会社の若手職員を対象に、話をする機会がありました。参加者は10人ほどでした。これまでの経験談を語ってほしいとのことでしたので、ODAの技術協力の意味について、日頃考えていることを纏めてみました。ちょっと長いので二つに分けて掲載します。なお本サイトの「コラム」にも同じ原稿を載せてあります。

開発援助のやりがい

ž   開発援助の業界にはいろんな形態があります。国際協力機構のような政府機関、国連や世界銀行といった国際機関、こうした機関から業務を請け負うコンサルタント業、国内外で活躍するNGO、企業のCSR部門など雑多です。業界にはいるプロセスも様々で、大学をでて新卒で入る人、他の業界から転職してくる人などいます。ただ、皆さんに共通しているのは、開発援助に関心があるということだと思います。開発援助とは、途上国の社会経済発展をお手伝いすることなので、つまり、業界の皆さんは途上国の社会経済開発、あるいは貧困削減に関心がある人々だと言えます。

ž   途上国には多くの貧困層がいます。大都市のスラムで暮らす人々、遠隔地の寒村で暮らす人々、親や保護者のいない子供たちなど、病弱だったり体に障害を抱えた人々など、貧困層の典型的なイメージです。こうした貧困層に対して、一番近いところにいて、直接に支援を提供するのはODA(政府開発援助)ではなくてNGOです。NGOは、受益者を目の前にして、直接に物資やサービスを提供するので、やりがいは大きいと思います。数年前にラオスのODA事業に従事していた際に、現地で活動展開している日系NGOの方と親しくさせていただきました。地雷被害者向けの義足を生産して配布する活動だったのですが、困窮している人々に直接に支援を提供するのは、とてもやりがいがあるのだろうと思いました。

NGOの構造的課題

ž   開発援助業界にいる者として、冥利に尽きると思われるNGOの活動ですが、実は構造的な悩みがあります。おそらく二つの大きな課題があります。一つ目は支援対象の範囲に限界があるということです。NGOの活動予算は限られています。比較的大手と言われているところでも、一つのプロジェクトにつかえる予算は数千万円程度でしょう。億単位のNGO事業はめったにないと思います。この中から日本人の渡航費や現地での生活費、オフィスの維持管理費、交通費まで捻出しなければならず、実際の活動に使える予算はさらに少なくなります。途上国の貧困は大きな問題であり、一日1ドル以下で生活する極貧層の数は膨大です。数千万人、数億人の貧困層がいる国の中で、NGOが支援できるのはせいぜい数百人、数千人に過ぎないでしょう。どうしても支援対象は限られ、数量的にはインパクトは小さくならざるを得ないです。どれだけ精魂込めて活動しても、砂漠に水を撒くようなものかもしれないです。

ž   第二の課題は持続性です。税金を投じて政策的に実施するODAと異なり、NGOの活動費は主に寄付金などに頼っているはずです。こうした寄付金が永続的に入る保証はなく、5年、10年、20年と同じ活動を続けてゆけるかどうかわかりません。世界各地で自然災害や紛争などが発生すれば、そうした他の地域を支援するために、急きょ新たに人と予算を投入せざるを得なくなるかもしれません。当該地域で必要とされる重要な活動を行っているとしても、いつかは撤退せざるを得なくなります。

現地政府の優位性

ž   こうした構造的課題を抱えるNGOに対して、現地の政府機関には大きな優位性があります。第一に、広い地域で活動を展開することが可能です。貧困層に対する特定のサービス提供が、正式に行政の業務として位置づけられれば、全国津々浦々の行政機関を通じて、これを提供することができます。NGOと比べれば行政のネットワークが広いことは明らかです。全国の隅々まで事業を展開することができます。市役所、町村役場、公立学校、職業訓練センター、農業試験場、政府系金融機関など、政府が動員できるツールはいろいろあります。

ž   第二は事業の持続性です。寄付などに頼るNGOと異なり、政府には税収入という財源があります。直接税、間接税を徴収するので、これを財源にして永続的にサービスを提供することができます。政治的な意思と財源さえあれば、5年、10年、20年と貧困層への支援事業を続けてゆくことが可能です。

ž   こうした現地政府の優位性を最大限に発揮するように、現地政府を支援するのが政府開発援助(ODA)です。NGOと違ってODAによる援助は、直接に貧困層を対象とすることはありません。貧困層にサービスを提供する政府機関を相手として、カウンタパートたる公務員の能力を強化することが目論まれています。公務員の能力が向上すれば、政府機関の業務遂行能力が高まり、貧困層に対するサービス供給が改善してゆくことが意図されます。これにより、政府機関であることの優位性を活用し、貧困削減を広い範囲で持続的に進めることが可能となります。これがNGOと異なるODAのアプローチであり、そのためODAの支援は「援助」ではなく「技術協力」と呼ばれています。以上が教科書的なODA技術協力の解説です。途上国で政府機関の職員を支援対象とするこの意味を理解していただけたと思います。

技術協力が機能する前提

ž   しかしながら、長年ODAの技術協力事業に従事していると、こうしたアプローチが本当に機能しているかどうか疑問に思うことが多々あります。もちろん当初の目論みどおりにうまく機能するケースもあります。しかし、現地政府職員の能力構築を通じた貧困削減が、全く絵に描いた餅のようになってしまっているケースも少なくないと思います。おそらく、政府職員に対する技術協力による貧困削減が機能するためには、幾つかの前提があるのではないかと思います。その前提条件が満たされない場合、せっかく政府職員の能力構築を支援しても、貧困層の生活改善にはつながらなく終わってしまうことがあり得ます。以下にこの前提条件について考えています。

ž   第一は、現地政府の職員が自国の貧困削減、貧困層の生活改善に意欲や関心があるという前提です。そんなことは当たり前ではないかと思われるかもしれません。実際、日本の協力は「要請主義」といって、現地政府の要請に基づいて実施されるルールになっています。相手国政府が自国の貧困削減に関心がなければ、協力の要請など起こりえないでしょう。しかしこの前提条件を当然と見なしてよいのでしょうか。

ž   第二は、現地政府の職員は、自国の貧困層が直面している課題や生活環境などを適切に把握しているという前提です。我々のように援助国側の人間はあくまで外部の存在であり、その国の貧困層が何を必要としているのか、貧困削減には何が効果的なのか、理解するのには限度があります。現地国政府の職員がこれを理解しているという前提の上で、当該職員と話し合いながら技術協力事業を設計して、これを実施してゆきます。しかしながら、現地政府の職員は貧困層の実態を本当に良くわかっているのでしょうか。

ž   第三は、貧困層が自ら居住する地域の政府の支援対象であるという前提です。そもそも支援対象に入らないのであれば、いくら政府職員の能力構築を進めても、貧困層には支援が届かないことになります。貧困層、貧困地域の住民が、行政の支援対象に入っているということが前提です。貧困層は現地政府の支援対象に入ることをあたりまえと見なして良いのでしょうか。

ž   第四は、援助機関側が貧困層の生活改善や貧困削減に取り組む強い意思があるということです。援助機関であれば、途上国の貧困削減に組織的に取り組むのは当然かもしれません。しかし、援助機関の中にもいろいろな人がおり、いろいろな思惑で事業に関与しています。援助機関側に貧困削減への強い意思がなければ、貧困削減事業も名ばかりになってしまうかもしれません。援助機関の職員は、途上国の貧困削減に貢献したいという強い意志があると信じて良いのでしょうか。

ž   これら四つの前提は、技術協力の活動を意味のあるものにするうえで重要です。前提条件が満たされていないと、たとえODAによる技術協力事業を実施して現地政府の能力構築が進んでも、貧困層の生活改善にはつながらなくなってしまいます。援助機関の事業と貧困削減との間に隔絶が生まれてしまいます。

前述のように、長年ODAの技術協力事業に従事していると、いったいこれら四つの前提条件が本当に満たされているのか疑問に思えることがあります。貧困削減に貢献したくて、開発援助の業界に飛び込んできたのに、自らがやっていることは本当は貧困層に届いていないのではないかと自問することもあります。これらの前提条件が満たされているのかどうか、以下に一つ一つ考えてみます。

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